2012年01月27日

574)交わり

大同にいっても、最初のあいだは、
親しくなることを、第一に考えていました。
人にたいして、環境にたいして。
相手のいいところだけをみて、悪いところはみないようにする。
気にいらないところがあっても、口にも、態度にもださない。

だいたい私は、大同に通いはじめたころ、
中国語は、まったくできなかったのです。
ニィハオ!
シェシェ!
ツァイチェン!
ツースオ・ザイ・ナ〜リ?
最後は、トイレはどこですか、ですね。


であるにもかかわらず、ふだんは、通訳なしで活動します。
ことばがわからないから、ことばでだまされなくてすむ、
と、うそぶいていました。
そのぶん、自分の目で、みることに集中したと思います。
とにかく、現場をよく歩きました。

それから、人の表情を、よくみる。
つれあいからはいつも、人間に関心をもてない、とけなされるんですけど、
このときだけは、おおげさにいえば、
生命がかかっている、と思っていましたから。

なにかのときは、地元のガイドさんが、通訳してくれました。
でも、ちょっとした、観光案内のための日本語。
若くて、経験もなかったし。
私がなにを話しても、「中日友好のために…」と、訳す。
あとになってわかったことですが、
なにかがうまくいかなくて、私が「チクショー!」と、つぶやいたらしい。
それを耳にした、にわか通訳は、カウンターパートの当時の代表に、
「あなたのことを、人でない、といっている」と、伝えたそう。
たしかに、畜生は、人間ではありません。
そんなことまであったので、私はさらに、警戒しました。

でも、長くはつづきませんでした。
私のような性格の人間が、ガマンして、自分を抑えることは
うまくいくわけがない。
暴発のおそれを、自分で感じはじめたのです。
あるときから、自分の思いを、率直にぶつけるようにしたのです。

たとえば、大同県徐町郷で、6万本ものアンズを全滅させながら、
郷の幹部は、「とてもうまくいっているから、
さらに拡大したい」といって、平然としていました。
私は、椅子をけって、立ち上がり、怒りを爆発させたんですけど、
通訳の王萍(ワンピン)さんは、笑いながら、それを通訳しました。
「まったく通訳になっていない!」といって、
ワンピンさんにも、当たり散らしたんですけど、
彼女は、「高見さんが怒った顔を、はじめてみました。
それがおかしくて……」といって、また笑います。
ケンカにもなりません。

このあたりから、自分の考えを、率直に話すようにしました。
態度にも、ストレートにだします。
それが、よかったんですね。
やっぱり、日本人同士のように、
暗黙のうちに、わかりあう、なんてことはムリですよ。
回りくどい言い方も、通じません。
中国のいい表現は「窓を開ければ、山がみえる」というものだそう。
結論を、明瞭に、先にいう。

自分の進歩にとっても、それがいいんですね。
知らない社会のことですから、自分のまちがいや、勘違いも
おおいじゃないですか。
口にだしてはっきりさせれば、まちがいを指摘されたりして、
それを早く自覚できます。

議論のあいてになったのは、
共産主義青年団大同市委員会の副書記、祁学峰でした。
のちに書記になって、青年団を卒業し、
いまは、大同市の中心部、城区の党書記です。
いつもいっしょに、現場の村を歩き、
そこでの問題を、徹底して、議論しました。
それを繰り返すと、考え方まで、似てくるんですね。
通訳の王萍をはさんで、ふたりが同時に、口を開きます。
すると、王萍が、「ふたりとも、同じことをいっています」。
ああ、この通訳はラクでいいな、といって笑いました。

1997年の夏、祁学峰と私とで、太原にいったときのことです。
部屋で、チビリチビリ、パイチュー(白酒)を飲みながら、
通訳なしで、彼と話をしたんですよ。
彼は、まったく日本語を解しません。
そして、私の中国語は、知ってる単語を、ならべるだけ。
どういう思いで、この活動をはじめ、つづけているか、
ひじょうに、深い話ができ、おたがいに理解しあったのです。
ふしぎな、体験でした。
祁学峰も、酒があれば、通訳はいらない、
霊感が働くんだ、と話していました。

小渕総理のときに、日中緑化交流基金ができ、
日本の民間団体による、緑化協力が、
中国各地に、いっきょに拡大しました。
中国側で、その受け皿を固めるため、全国性の会議が開かれたとき
祁学峰も招かれ、自分の教訓を、4項目にまとめたそう。

1)自分の本当の気持ちで、誠実につきあわないといけない。
形式的なつきあいでは、相互の理解が深まらない。
誠実につきあうことは、協力全体の基礎である。

2)バランスをとる。
協力の双方は、車の両輪の関係である。
立場はちがうから、自分の主張はすべきである。
しかし最後には、相手の立場を理解し、バランスをとる必要がある。
いい関係をつくるカギは、バランスにある。

3)仕事はまじめにすべきで、いいかげん(馬馬虎虎)ではいけない。
これは態度の問題である。

4)苦労を厭わず、農村の現場にいく必要がある。
机の上、紙の上だけで仕事をしてはいけない。
これは精神の問題である。

その場で急に発言を求められ、これだけの話をしたそう。
べつのしごとについてから、祁学峰は私に、
現場をまわって、高見といっしょに、仕事をした経験は、
自分にとって宝だ、と話したことがあります。
うれしいですねえ。

朝日新聞の、加藤千洋さん(当時)が取材したとき、
(2008年の春だったと思います)
祁学峰は、高見とは、なにも知らないところから、友人になり、
やがて兄弟のように活動し、夫婦のように心を通わせ、
そしていまは、ただの飲み友達に戻った、と話しました。
たしかに。
いまは、いっしょに飲んでも、「霊感」は働きません。

その後は、自分の後任にと、祁学峰がつれてきた
武春珍や、魏生学が、いっしょに活動をつづけています。
魏生学とは1994年いらい、武春珍とは1998年いらい、
王萍とは1995年いらいですから、長くつづいたものです。
ふりかえって、ほんとに、人に恵まれたんですね。
posted by koko_tayori at 15:47| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これはいい、ブログですね。さすが高見大兄の仕事だと、感心した次第です。丁寧、正直、持続する志、だと理解しました。熊本の弟子より。
Posted by 柳田耕一 at 2012年02月06日 18:43
なにをおっしゃる、柳田さん。だ〜れが生徒か、先生か?
正直なところ、いまの時代はしんどいですねえ。気力、体力は落ちてくるし、若い人たちとの接点がやせてきているし。中国側との約束の20年を持続したのはありがたいことでした。
Posted by 高見 at 2012年02月07日 13:28
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